「2011全国鳴砂サミットin気仙沼」の報告
平成23年11月17日(木)~21日(月) 琴引浜の鳴り砂を守る会メンバーら13名で参加。
11月17日22時20分 マイクロバスにて琴引浜(掛津)出発。車中泊。
【1日目】
11月18日 昼前に女川に到着。仮庁舎にて現地スタッフと合流。
14時 夏浜に到着。15時まで現地スタッフと夏浜の清掃を行う。
15時10分 小屋取浜に到着。現地視察終了後、関係者に義援金を渡す。
17時 石巻市に到着。市内ホテル(サンプラザ)にて宿泊。
被災地の現状は想像を絶するもので、バスの中から目に飛び込む津波の爪痕に絶句し、心を痛めるばかりでした。
女川町夏浜は小規模な浜でした。津波の瓦礫は、すでになかったが、流木や板ギレ、プラスチック製品等が散乱しており、地元ボランティアとともに拾い集めました。砂は奇麗で、乾いた砂の表面を手で払うように動かすと良く鳴きました。1時間ほどで軽トラック2台分のゴミを集めた後、全員で記念写真を撮りました。
その後、小屋取浜に移動しましたが、時間が遅かったこともあり清掃は行わず浜を歩いただけであった。浜辺にはゴミなどが少なく比較的奇麗でしたが、砂の鳴き音は良くなかった。岩場の向こうに女川原発の建物が見えたが、あの場所が三輪先生の『鳴き砂幻想』で紹介されているかつての「鳴ら浜(ならはま)」の場所であったかと思うと複雑な心境でした。穏やかな海とは反対に、山側を振り向くと谷の奥まで民家が全壊し、地上からの高さ10メートル以上の樹木の枝にゴミが取り残されており、改めて津波の大きさ、破壊力を思い知らされました。
【2日目】
11月19日 8時30分 石巻のホテル出発。
11時 気仙沼のホテル観洋(サミット会場)着。ホテルにて昼食。
13時 受付を済ませた後、参加者全員が九九鳴き浜に向けて出発。
九九鳴き浜着、鳴砂の浜の現状を視察(13:50~14:30)。
ネットワーク役員会(15:00~15:50)。
ネットワーク総会(16:00~17:00)、全員出席。
文化財講演会 講師:原口准教授、文化庁桂審議官(17:00~18:30)。
交流懇談会(19:00~21:00)。
ホテル観洋 泊。
気仙沼市の九九鳴き浜の鳴砂は健在であったが、浜辺(渚)が10メートルあまり山側に移動しているように見受けられました。地盤沈下によるものと思われるが、オニグルミなどの落葉樹の根元が波で洗われる景色は異様でした。あいにく小雨模様で砂が湿っていたため、現地で鳴砂の音を聞くことができませんでした。
ネットワーク総会及び文化財講演会では、原口先生による巨大津波の影響を受けたにも関わらず奇跡的にも鳴砂の浜が残った話、桂審議官からは天然記念物の意義、十八鳴り浜、九九鳴き浜の保護に向けた提言等が語られました。その後の懇親会では、地元関係者はもとより、北は北海道から西は山口県までの鳴砂保護に携わるメンバーと交流懇親を深め、有意義な時間を過ごすことができました。
【3日目】
11月20日 9時30分 全国鳴砂サミット
12時30分 サミット終了。昼食後ホテルを出発し陸前高田市に向かう。
14時前に陸前高田市仮庁舎に到着。
市内の気仙大工左官伝承館を見学後、15時に一本松に到着。「高田松原を守る会」会長から説明を受ける。
17時30分 一関市厳美渓温泉着。旅館「いつくし園」にて宿泊。
サミットでは、気仙沼市の2つの鳴砂の浜が市民により大切に守られてきた様子をうかがい知ることができました。とりわけ九九鳴き浜は、地元民以外にはあまり知られておらず、他人が訪れることを拒んできたとのことでした。しかし、頑なに「守る・保護する」だけでなく、天然記念物指定を契機として、教育や観光等の利活用についてもっと取り組んで地域おこしに役立てる必要があることを認識しました。
この度の旅行を通して、人間は自然にはとうてい太刀打ちできないちっぽけな存在であることを再認識させられました。津波による死者・行方不明者は約2万にのぼるといわれていますが、これらの方々のご冥福をお祈りするとともに、1日も早い復旧・復興を切望します。あわせて、当地の鳴砂の響きが永遠に続くことも…。
【4日目】
11月21日 8時30分 厳美渓出発。岐路途中、大雨により上越―能生間が不通。
17時 小矢部SAにて昼食兼夕食。
22時 琴引浜(掛津)着。
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2011年12月4日 | コメントは受け付けていません。 |
カテゴリー:守る会からのお知らせ
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