気仙沼市と陸前高田市へ その7
さて、丹後から東北まで約975km。大人も子どももいろいろな思いを胸に東北へと向かいました。
東北での宿泊は、一関の厳美渓にある宿でした。一関の町中にも地震の被害の様子が見て取れました。建て直され新しいものもあれば、地震の被害を受けたまま放置されている建物もありました。ところどころ、ブルーシートをかぶせた屋根や、コンパネで保護してある壁や窓などもありました。
道路も、ぼこぼこしていたり、歩道の縁石が壊れているところもありました。津波の来なかった地域も大地震の被害を受けたのだと実感しました。
宿では、子どもを歓迎する企画が用意されていました。宿に入ると、くじを引き、東北地方のお菓子が当たるのです。子ども達はとても喜びました。そして、私達も、東北のお菓子などを知る良い機会となりました。東北地方に宿泊し物を買うことも、支援の一つになるのだなと思いました。
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局より
2011年9月29日
琴引浜白砂青松保全委員会とは
本委員会は、2006年に鳴砂の海浜、海岸松林の一体的な保全に努め、豊かな地域づくりを推進していくことを目的として設立されました。松林の整備、はだしのコンサート開催など、鳴砂と白砂青松の貴重な自然を次代へ引き継ぐための活動に取り組んでいます。
植栽活動 植栽活動
松林整備 ビーチクリーンアップ
はだしのコンサート クロスカントリー&ビーチマラソン
2011年9月29日
気仙沼市と陸前高田市へ その6
琴引浜白砂青松保全委員会は、「次代に残す白砂青松」をテーマに掲げています。
鳴き砂は、環境のバロメーターです。
壊滅的な被害を受けているにもかかわらず、音を失わなかった十八鳴浜と九九鳴浜。
それは、どういうことなのか。
長い年月をかけ、多くの人の手で育てられた高田松原の松。
飛砂や潮風から町を守ってきた高田松原。
その歴史と、それをいとも簡単に飲み込んでしまう脅威的な津波の破壊力。
気仙沼と陸前高田に行くことで、白砂青松について理解を深め、「自分たちに何ができるのか。」
「何をしなければいけないのか。」を感じてほしいと思いました。
十八鳴浜(気仙沼市)
九九鳴浜(気仙沼市)
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局より
2011年9月15日
気仙沼市と陸前高田市へ その5
「義援金や松苗等を渡すこと。」「被災地を見て何が求められているかを感じること。」それ以外にも、琴引浜白砂青松保全委員会には大きな目的がありました。それは、「子ども達を連れていくこと。被災地を見せること。」です。
被災地の復興には、長い年月がかかります。おそらく、私達だけでなく、子ども達や孫達の世代が中心となり頑張って行かなければならない日が来ます。
また、昭和2年の奥丹後大震災を考えれば、いつ丹後に地震がおこるかわかりませんし、日本海に大きな津波が来ないとは限りません。被災地から学ぶべきことはたくさんあります。
大変な被災地に、大変な思いをしている人達のところに、子どもを連れていくことに、迷いもありました。でも、子ども達が見聞きし、肌で感じることは、子ども自身のためだけでなく、被災地のため、自分たちの暮らす地域のためにもなると考えました。
奇跡の一本松近くのユースホテル(陸前高田市)
気仙沼(気仙沼市)
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局
2011年9月15日
気仙沼市と陸前高田市へ その4
琴引浜白砂青松保全委員会だけでなく、琴引浜のある掛津区では、義捐金を集めることが決まり、区民から善意が寄せられました。 また、鳴き砂文化館を中心とし、震災後すぐに支援の方法を考え実行してきました。その一つが、「はだしのコンサート」での手ぬぐいの 販売です。もともと、「はだしのコンサート」で手ぬぐいを染め販売することは考えていました。でも、目的を変更し、被災地の支援をするために手ぬぐいを染め、販売することとしました。
手ぬぐいだけでなく、爪楊枝入れや琴引浜のゆるキャラ「天使の涙ちゃん」マスコ ットなども考えだされ販売し、義捐金を集めました。
でも、手ぬぐいや爪楊枝入れ、天使の涙ちゃんのマスコット販売は、本当に、被災地の人々の支援になるのだろうか。ただの自己満足や、売名行為のようなものではないだろうか。という迷いがありました。「はだしのコンサート」での義捐金も含め、私達が被災地を思い行ったことが、本当に被災地の人のためになるのかどうかを確かめなければいけないと思いました。
掛津区で集めた義援金は、日本赤十字社を通じ被災地に送られています。
また、手ぬぐい等の売上げの一部及び琴引浜鳴き砂文化館での募金は、鳴き砂ネットワークを通じ、被災地に送られます。
皆様のご協力、ありがとうございました。
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局
2011年9月15日
気仙沼市と陸前高田市へ その3
話が前後しますが、琴引浜白砂青松保全委員会では「はだしのコンサート」の取り組みをするにあたり,同じ鳴き砂を持つ人々や松を育ている人々に何かできることはないかと考えました。
「ボランティアに行く。」
「地区の小学生を招待する。」
「ビーチマラソン&クロスカントリーの参加者で東北までの距離を走る。」
等々多くの意見が出る中で、今求められていることは何かを考えました。琴引浜は、1997年にナホトカ号重油災害の被害を受けまし た。その時の経験から、まずは義捐金を集めて送ろうということになりました。
会議の様子(掛津区民センター)
どのように、義捐金を集めるのか。「はだしのコンサート」を支援して下さっている方々に理解をしてもらえるのか。いろいろな事を話しいながら、「はだしのコンサート2011」は「みんなで届ける鳴砂のYELL 東日本震災被災地へ がんばろう舫×絆日本」をテーマに行うということとなりました。
皆様のご理解とご協力を得て、「はだしのコンサート2011」は成功に終わりました。
2011年9月15日
気仙沼市と陸前高田市へ その2
私自身は、他にも目的がありました。
その一つは、「被災地で今、何が求められているのか。そして、私達に今、何ができるのか。」を感じることです。
報道等で、被災地の様子は見聞きしています。
6月に「琴引浜の鳴り砂を守る会」が気仙沼に行き、鳴砂の浜の清掃活動をした話も、弟や従兄から聞いています。
でも、報道と弟達の話とのギャップもあり、「実際に行ってみないとわからない。」
話を聞けば聞くほど、「自分で行って見てきたい。被災地の人々と会って話したい。」と思いました。
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平成23年6月12日 舫(もやい)のポロシャツが「琴引浜の鳴り砂を守る会」メンバーです。 |
このポロシャツのロゴ…“舫う”とは、船と船をつなぎとめる意味があります、
人と人をつなぎとめるのは、絆。 同じ鳴砂の浜に暮らす仲間として…。
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局より
2011年9月4日
気仙沼市と陸前高田市へ その1
平成23年8月22日から24日まで、宮城県気仙沼市と岩手県陸前高田市に行きました。
メンバーは、6名。琴引浜白砂青松保全委員会の事務局長と事務局員2名、地元掛津区の小学生3名です。
被災地へ行く目的は二つありました。
一つは、「気仙沼市の“十八浜鳴り砂研究会”に、はだしのコンサートで皆様のご協力を得て集めた義援金を渡すこと。」
そして、二つめは、「陸前高田の“高田松原を守る会”に、琴引浜のクロマツ苗と炭を渡すこと。」でした。
撤去されぬままの船(気仙沼市)
奇跡の一本松(陸前高田市)
琴引浜白砂青松保全委員会 事務局より
2011年9月3日
気仙沼 十八鳴浜の漂流物撤去のお手伝い
琴引浜白砂青松保全委員会は、参加者を募集しています。
気仙沼並びに陸前高田の、鎮魂復興を願い、十八鳴浜で漂着物の撤去のお手伝いと、高田松原を訪問します。
費用:38,000円(個人負担) 宿泊・食事・ガソリン代ほか
日時:平成23年8月22日(月)~24日(水)
日程:
22日 往路4:00京丹後市網野町掛津(舞鶴若狭道)…敦賀(北陸道)…新潟(磐越道)…
郡山(東北道)…一関(国道284号)…気仙沼(大島 宿泊) 所要時間15時間 19:00着
23日 気仙沼 大島 十八鳴浜の清掃活動…気仙沼(国道45号)…陸前高田(宿泊)
24日 高田松原視察 復路8:00発 24:00帰着
2011年8月19日





















